子供のころのイチジクの記憶
 イチジクというと、イチジクカンチョーという言葉をオレは連想してしまう。
なぜヘンタイじみた連想をするようになったかというと、子供の頃に友達がそういう話を好んでしゃべっていたせいだ。
頭から消したいんだけど、なかなか消えねえんだ。
幼いころの記憶というのはコワイもんだ。

 オレがイチジクを植えるまでは、オレの家にはイチジクの木は無かった。
親が言うには以前はあったらしいが、それは枯れてしまったそうだ。
枯れてしまったんじゃー、しょうがねえや。

 親がイチジクの果実を店で買ってきたこともなかったから、オレはイチジクというものになじみが薄かった。
だからイチジクカンチョーはどんな形なのか、よく知らなかった。
使ったこともなかったからな。
…こちらの話題には、あまり触れないようにしようっと。

 オレがイチジクを食べたのは、幼いころの記憶ではたったの一度しかない。
それは隣の家のもので、隣の家のおじさんが樹から採って、それをくれたので、その場で食べた記憶がある。
ウマかったと思う。
記憶ではそれっきりで、二度目にイチジクを食べたのは、それから十年以上もたってからのことだ。

カミキリ虫捕り
 子供のころはイチジクを食べることはなじみがなかったが、イチジクの木には他の用があった。
というのは、カミキリ虫を捕まえに行ったんだ。
イチジクの木には、小さなカミキリ虫がいたので、それを捕まえによく行った。
イチジクの木というのは独特の甘ったるいようなニオイがあって、それに誘われてか、ある種類のカミキリ虫がよく集まっていた。

 イチジクにいるカミキリ虫には二種類あって、黒輝りした中型のものと、地味の小型のものがいた。
オレは黒輝りしたやつが好きで、正式名はゴマダラカミキリムシというらしい。
違うかもしれねえけどな。
青みがかかった黒色で、ツヤがあって、白い斑点があって、なかなかカッコいいカミキリ虫だ。

 一方、小型のカミキリ虫は地味っぽくて、そんなに好きじゃなかったが、これもよく捕まえた。
こいつの名前は、わからん。
キボシカミキリかな?。
でも、イチジクの樹ではよく見かけるヤツだ。

 子供のころのオレにとっては、イチジクはカミキリ虫捕りの方が印象的だった。
他人の家にあるイチジクの果実を勝手に採るのはイケナイ事、という認識があったが、カミキリ虫を捕るのはイイ、と思っていたので自由にやっていたよ。

イチジクについて調べた
 園芸の本をあれこれと読んだところ、イチジクというのは柿や梅に次いで代表的な家庭果樹ということがわかった。
家庭果樹の本を見ると大抵載っているし、栽培だって難しいとは書かれていないからな。
一般家庭でも栽培しやすい果樹みたいだ。

 そして、本によると、イチジクは長期にわたって少しずつ収穫できるんだそうだ。
フムフム、こりゃあ、オヤツに都合がいいじゃねえか。
毎日一個ずつ食べるというのもいいな、と思った。
それに育てやすいということだし。
よし、オレも植えてみるか!。

ドーフィンというイチジク
 本によると日本で代表的なイチジクというのは、「桝井ドーフィン」というイチジクだそうだ。
「桝井」は「ますい」と読む。
読み方がわかんなくて、最初は困ってしまったよ。
この苗木を、海外から日本に導入した人の名前だそうだ。

 この桝井ドーフィンは、現在とても広まっていて、スーパーマーケットで売られているイチジクは、ほとんどがこれだ。
が、大きな問題点として寒さに弱いため、関東地方では枝が枯れてしまうという。
ミカン栽培ができる地域が、適地なんだそうだ。

 じゃあ、オレのところは無理じゃんか。
う〜む、困ったな。
とりあえず桝井ドーフィンはやめて、別のイチジクを選ぶことにした。

ブラウンターキーの栽培
 本で徹底的に調べた結果、初めて植えたイチジクは「ブラウンターキー」という名前のものだった。
ブラウンターキーは、寒さに強いうえに、初夏にも秋にも収穫できるということだった。
本の評価もよろしい。

 ブラウンターキーを植えたのは一九八八年の春だったな。
だが、それから十年間栽培して、収穫できた果実はたったの一個だけ!。
なんてこったい!。
予想外のアクシデントがいろいろとあったからな。

 このブラウンターキーだが、一九九九年も実の成りはイマイチだった。
また、枝の発育も弱いので、木がなかなか大きく育たなかった。
他のイチジクよりも収穫量が少ないようだ。
十年以上もかかってわかったことは、残念ながら、それほど良いイチジクではなかった、ということかな。
結局、残念ながら伐採してしまった。

セレストブルーの栽培
 このセレストブルーというイチジクは、小粒の果実だが、イチジクの中では最も甘いという。
八月に収穫できるそうだ。
普通のイチジクは九月からの収穫が中心なので、時期のスキマを埋める意味もあって、このセレストブルーも植えることにした。

 いざ栽培を開始したところ、実がようやく成ったが、なかなか熟さない。
九〜十月になってから熟したありさま。
しかも、甘さについてはそれほど印象的ではなかった。

 結局、単なる小粒のイチジク、という結末になってしまった。
あとでわかったことは、管理が不十分だと熟期も遅れて、充分な実力がでないらしい。
このセレストブルーは、木の幹に虫害が目立つようになったので切ってしまい、今はない。

ホワイトゼノアの栽培
 オレの近所では、ヤツデの葉っぱみたいなイチジクが多い。
調べると「ホワイトゼノア」というイチジクのようだ。
別名は「西洋イチジク」ともいう。

写真
ホワイトゼノアの葉っぱ

 イチジクとしては寒さに強いそうで、近所では一般的なイチジクなので、これも植えてみた。
育てた実感としては、木の育ちも実の成りも普通というところだが、ブラウンターキーやセレストブルーよりは実力がある感じだ。
数年たって、数個ほど実が成った。
味は意外なくらいに上品な味がした。

 このホワイトゼノアの木は、ある年にポックリ枯死してしまった。
原因はよくわからない。
このためというわけでもないが、現在、ホワイトゼノアは植えていない。

日本イチジクの栽培
 正式な名前は「蓬莱種(ほうらいしゅ)」らしいが、または「蓬莱柿(ほうらいし)」とか「日本種」や「在来種」ともいい、名前がどうもはっきりしない。
昔からあるイチジクで、地方によっていろいろ呼ばれてきたためらしい。
とりあえずオレは「日本イチジク」という名前で呼ぶことにしてみるか。

 この日本イチジクの特徴は、イチジクの中では最も寒さに強いことだそうだ。
収穫量も多くて、味も甘いという。
オレは、この日本イチジクも植えることにした。
しかし、近所ではこの日本イチジクはあまり一般的ではなかった。
そのため苗木が見つからなかった。

 そこで、通信販売で買うことにした。
買った年は、たしかブラウンターキーと同時かまたは次の年に買ったはずだから、一九八八年か八九年のころだ。
果樹カタログの表示では「早生日本種」となっていて、普通の日本イチジクよりも早く熟すらしい。
実際にはそんなに早く熟さないみたいだけどな。

 この日本イチジク、少々テキトーに植え付けた。
植えた場所は日陰気味だから、環境としてもあまり良くない。
だが、意外と順調に育ち出した。
一年で二メートル以上も伸びる枝もあって、オレの背丈をすぐに超えてしまった。

 日本イチジクは、葉っぱの巨大さが印象的だ。
一枚の葉っぱは、指を広げた手のひら以上のサイズで、果樹の中では最大級のサイズだ。
イチジクにしては、ヤツデの葉とは全然似てなくて、葉っぱの形が変わっているとオレは感じるね。

写真
日本イチジクのでかい葉っぱ

 日本イチジクはぐんぐん育ったものの、すぐには実が成らなかった。
収穫が始まったのは五年目ごろだったかな。
なお、急激に育つ枝には果実はあまり成らずに、さほど伸びない枝に果実がよく付いた。

日本イチジクの収穫
 日本イチジクの果実の色は、園芸カタログなどの写真によると紫色であることが多い。
だが、オレの日本イチジクの場合は、日当り不充分のせいか、着色しないことが比較的多い。
だけど紫色に色付いた方が、キレイだし、うまそうだ。
実際、色づいた方がウマい。

 しかし、日本イチジクの果実の特徴を言うなら、色のことよりも果実が裂けてしまうことだろうな。
これは熟した目印でもあるからだ。
日本イチジクは、果実の頭が裂けてきたら食べごろだ。
果実が閉じているときよりも、裂けたものの方がうまい。
こうなったら速攻で収穫だ!。

写真
熟した日本イチジク 1998年11月8日撮影

 日本イチジクは、熟すと果実の先端が開いてしまう。
熟した目印ともいえるが、これをそのまま放っておくと、裂け目がどんどん大きくなってしまうんだ。

 さっさと取ればいいんだけど、週末ならともかく平日はそんなに見てらんねえよ。
第一、日本イチジクは樹が高くなってしまって、すぐに収穫できるわけじゃないんだ。
手が届かないから、三脚かハシゴが必要だ。
平日の朝からそんなに用意してらんねえよ。

 今では、高所ハサミというか、柄の先端にハサミがついたものを買ったから、これで収穫できるけどな。
これを使っても、意外ととりづらいけどさ。
乱暴に取ろうとすれば、果実は地面に落ちてしまい、柔らかいからベチャと潰れるか、潰れなくても大きく痛んでしまうんだ。
やっぱり丁寧に収穫せんとな。

 果実は柔らかいので、収穫するときは注意がいる。
採ったら、オレはその場で立ったまま食ってしまうんだ。
果実の先端の方がよく熟しているから、そこから食ってしまう。

 イチジクは、人によって好き嫌いがあるみたいだが、オレは好きだな。
天然ジャムとでもいうか、歯触りはネットリしている。
甘くて、良いバランスで、そしてタネみたいな小さなツブツブがあって、口のなかでプチプチとかむ感触が伝わってくる。
う〜む、うまい。

つづく

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