創業の苦労
 これからどうやって生きていくかについても、オレは君の願望にかなり合っていると思うし、実際に行動に移してきて、新しい生き方をこれから切り開いていくんだ、今がちょうどその最適のその時期だ。

 ブルーベリー造園は今、各地で盛んに行われて、各農園主がそれぞれあーしたらいいこうしたらいいと試行錯誤しつつある時で、知識を身につけて始めるなら、今こそが最適だ。
だから、オレと一緒にやっていこう。
そういう意味のことを言った。

 オレが相手の女性にそう言った背景について、ここで補足すると、摘み取り園でバイトや受け付けの人で、栽培されている品種名や特性について質問したとき、「◯◯◯じゃないですかね〜」「だと思います」「ウチの人に聞いてみないと詳しいことは…」という返事が帰ってくることがある。

 造園のときからの当事者であればこんな返答でなく、もっとしっかりした返答ができるものだが、後から加わったという立場では、造園の当事者と主従関係になって(園主、従業員という関係)、自分の働き場であるのに、当事者ではないような言い方になってしまう、ということがあっても無理もない。

 でもな、スタート時から一緒になっていれば物事をよく理解して学習できるし、第一、発展していく経緯は楽しいものだし、成功してうまくいってからよりも、起業したときからの創業の苦労をともにしたという関係なら、その方がずっと意義あることではなかろうか。
やや古風なたとえになるが、創業者の初期の苦労で、夫婦が助け合って大きくしていく、というパターンをオレは思い描いていた。

写真
このようなところで作業しております(もっとも景色がいいとき)
2006年1月29日撮影 いつもより雪がすごく多め

 マイナス面はある。
そもそも、いかにも、これから苦労しそう!(しかもすごく)、ってことと、喫茶店の建物だがな、オレは作れる金がない。
「こんな喫茶店を果樹園内部に作って、そして…」とオレはしゃべりまくったが、大きな建物を作る金を持っていない。
でもな、一般的な現実としては、ブルーベリー園で休憩できる建物があっても、ブルーベリーで稼いでそのお金で建てたというわけではない、のが実情だ。

 実際に建っていても、それは、それまでの別の本職で稼いだお金で建てたとか、退職金とか、借金したとか、村起こしの公的資金で建設されたのを借りて使っているとか、果樹園以外の外部のお金が入っていたりするわけだ。

 道路脇の農産物直売所が、掘っ建て小屋のボロ小屋なのは、それなりに理由があって、農地だから建物は建築許可が降りにくいとか、農産物の利益は少ないので立派な建物が立てられないとか、季節販売で通年販売できないので、立派な喫茶店を作っても収穫期以外では閉店状態になってしまう、というちゃんとしたそれなりの根拠がある。
以上のことを背景にしつつも、夢をまくしたてるように言ってしまって、オレは自分中心の言い方になりがちだ。

 そんな会話の中、ちょこっと指摘された。
「こんな人がいい、という理想像がすでに決まっていて、そのような人を希望しているんですね。」
って言われたが、オレとしてはそう言われるとキツイなあ、と思う。
どうも「私はあなたの理想像にあてはまらないので辞退したいです」と遠回しに断っているかのようだ。
リードする、目標を指し示す、具体的に表す、という方針で前もってリハーサルしてきたから、まるで正反対の要望・指摘だ。

まだまだつづく

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