平成スコット隊、那須野雪原を突進ス
 長い道のりを通り抜けると、そこは雪景色だった。
出発地の茨城県では、少し良い天気だったんだがな。
でもここ那須までくると、標高がちょっとあるせいか、雪景色になっていることがある。
粉雪がぱらついていることもある。

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近くの交差点にあるココスから見た那須連峰 2003年1月4日撮影

 雪一面になっていても、まあ、せっかくここまできてしまったんだからしょうがない、作業してみることにしよう。
強い北西風が吹いて小雪も混じって吹雪のようになることもある。
横殴りに粉雪がぶっ飛んできて、顔に当たるとビシバシ痛い。
那須岳の方を見ると、向こうには灰色の雲がかかっていて、こんな雪まじりの豪風のときは日本海側で、今、大雪を降らせているのだ。

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農園から見た雪の那須岳 2005年4月4日撮影
この日は、雪は降っていなかったと思う。2005年は降雪が多かったけど。

 普段は、ハンマーナイフモア改造のテーラーみたいなものに乗って荷物を牽引するのだが、雪が積もってしまうと、雪上をうまく機械が走れないことがわかった。
車輪の設置面積が少ないので、滑って空回りしてしまう。

 しょうがないから、替わりにソリ(雪遊び用のプラスチックのソリ)に荷物を乗せて、オレがひっぱって動かすはめになる。
えっちら、おっちら。
ソリを引き引き、雪上を歩いて、つらい。
耐えて、雪の上を歩く。

我は行く 蒼白き頬のままで
 こんなとき、オレが好きな歌は、谷村新司の『昂』(すばる)だ。
我は行く、青白き頬のままで♪
ああ、いつの日か誰かがこの道を〜♪

 意外なことに、『昂』の歌詞は、死を象徴するセリフだそうだ。
邱永漢HPの記事

 雪の中でソリを引っぱっていると、オレは南極探検のスコット隊を思い出すね。
南極探検のスコット隊は、南極点を目指してソリを引っ張って歩き続け、雪原と苦難の中で、帰り道に全員遭難・凍死した悲劇の探検隊だ。
オレはソリを引っ張りながら、自虐的に雪の畑で『昂』を歌う。

 われは逝く、青白き頬のままで♪
オレが雪の中で青白い頬になって逝ってしまったとしても、木枯らしが吹き続ける中で追い続けた夢の道はいつの日か、誰かが代わってこの道を進むだろう。
ソリを引き引き、このままオレは死ぬってか、かまわねえさ。

 そんなこともイメージするディープなブルーの世界だ。
補足を入れておこう。
那須高原では高原といっても、雪が降っても溶けるのが早くて、ふだんは山にも畑にも『雪はナイ』という高原なので、オレがスタッドレスタイヤをはかせずに那須高原まで行っても問題があまり無いくらいで、つまり雪一面の日はめったにないので、積雪直後で雪一面の景色のときは、特に夕暮れで星が見える時なんかは、わざとその感傷にひたって楽しむくらいのことはできる。

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農園から見た雪の那須岳 2005年3月13日撮影
この日も山に雪はあっても畑に雪はない。もっとも雪一面の日は寒いので撮影してない


※追記 これを書いた直後の、二〇〇五年の十二月からは、例年にないほどの多量の降雪があり(日本各地で記録的な降雪)、二〇〇六年の一月一日の時点では那須高原は、道路も畑も雪だらけのありさまになって、ノーマルタイヤで行くと滑ってしまって問題あり、の状態になってしまった。

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